第15章:メンタルトレーナー実践シミュレーション

実践シミュレーション 1

それでは早速トレーナーになったつもりでトレーニー(訓練を受ける人)の対応をしていきましょう。

トレーナーはTr、トレーニーはNeと表記しています。

Ne:こんにちは、Aと申します。今日はよろしくお願いします。

Tr:初めまして、メンタルトレーナ-です。こちらこそよろしくお願いします。まずはトレーニングについて詳しく説明させていただきます。

Ne:はい、よろしくお願いします。

Tr:個人の状態や展望に合わせてトレーニングを行いますが、今人間関係や自分自身の言動、他者の言動について悩んでいること、気になっていることはどのようなことですか?

Ne:自分に自信を持つことができなくて、いちいち他人の言葉をネガティブに受け止めてしまいます。言葉の裏をとってしまう、というか……。それで相手の気分を害することが多いんですが、なかなか自分を変えることができません。

ここでメンタルトレーナ-であるあなたは次の発言をどうしますか?

以下の選択肢から選んでみましょう。

  1. それはダメですね。今すぐにあなたの言動や考え方を変える必要があります。
  2. そうなんですね。どうして自分に自信がないのか、考えたことがありますか?
  3. 他人の言動を素直に受け止められないのですね。あなたは今の自分を変えたいと考えていますか?

1を選んだ場合の解説

これはメンタルトレーニングにおいて、やってはいけない回答です。

初めから相手のありようを否定していることになります。

初回のトレーニングでは相手の耳目を開かせる必要があるため、胸襟を開いて相手を受け入れてあげなくてはいけません。

2を選んだ場合の解説

これは第3章で学んだ「素直さの重要性」を説いてあげる必要があります。

相手の言葉が否定的なものであるにしろ、肯定的なものであるにしろ、まずは「言葉通りに」「素直に」受け止めるトレーニングをしてもらうのです。

素直に相手の言動を受け止めるには、自分自身に余裕をもたなくてはいけません。

「なぜ相手の言葉の裏を考えてしまうのか、なぜ素直に受け止められないのか」を深堀していきましょう。

3を選んだ場合の解説

メンタルトレーニングを受けに来た人であっても、第3章で学んだ「恒常性」を打ち破り自分を変えるのは簡単なことではありません。

本当に自分を変えたいと考えているのか、それとも単にカウンセリング的なところで話を聞いてもらいたいだけなのか、判断する必要があります。

また「変えたい自分」に対するイメージを引き出すことで今後のメンタルトレーニングの進め方のシミュレーションもできるでしょう。

実践シミュレーション 2

Ne:仕事でもプライベートでも人を頼ることができなくて、踏み込んだ人間関係を築くことができません。どうしたら人を頼ることができますか?

Tr:人を頼れるようになりたい、ということですね。これまで人を頼れなくて困ったことを話してもらえますか?

Ne:自分では困っていないつもりだったのですが「頼ってくれたらいいのに」「分担すると早く終わらせられるよ」と仕事で注意されました。自分でできるのに頼らなくてはいけない理由がわからないんです。

Tr:「人を頼ったほうがいい」と言われたわけですね。そのときどう思ったか教えてもらえますか?

Ne:「自分のスキルが足りていないから、仕事を横取りされるのだろう」と思いました。

さて、トレーニーが情報を提供してくれました。
あなたは次に、どういった対応をしますか?

  1. そうなんですね。あなたは自分で「スキルが足りていない」と思っていますか?
  2. チームで仕事をするよりも、独りで仕事をしたいですか?

1を選んだ場合の解説

これは第4章で学んだ「現状認識」をしてもらう必要があります。客観的に自分の知識やスキルを「棚卸し」してもらいましょう。

何ができて、何ができないかを紙に書いてリスト化してもらうのです。

リスト化が終わったら「できること」について考えてもらう時間を取ります。

この「できること」と「頼ってほしい」と言われた際の仕事が一致しているかどうかを考えてもらいましょう。

もし一致していたら、相手の言動は単にトレーニーへの思いやりであったことがわかってもらえます。

一致していない場合は、スキルのあるなしに決して言及はせず

  • 相手は「サポートできる」と伝えたかった
  • 独りで仕事をすることはできない

この2点を理解してもらうトレーニングにうつりましょう。

2を選んだ場合の解説

独りで仕事をするほうが快適、という人もいます。この場合はおそらく「人に頼る」トレーニングを促しても、現状は受け付けてもらえないでしょう。

第4章の「頼るスキル」を求めていないからです。

この場合は、他者との軋轢を生まないための「他者を傷つけない言動」を身につけてもらうトレーニングを進めます。

具体的には第6章の社会性の強化です。

実践シミュレーション 3-1

地元から離れた企業に入社したばかりのAさんのケースです。

Ne:こんにちは。Aです。会社で仕事がうまくできなくて、仕事に行くのが憂鬱になってしまいました。同期は楽しそうに仕事をしています。どうしたら同期のように強くなれるのでしょうか。

Tr:仕事に行くのが憂鬱になってしまったのですね。同期の方は、あなたからどのように見えていますか?

Ne:毎日楽しそうに仕事に来ていて、自分よりも仕事を覚えるのが早く、先輩や上司とも上手にコミュニケーションをとれています。

さて、新卒1年目の社会人ということを考慮してどう展開していきますか?

  1. 仕事に行きたくなくても仕事を休んでいないことは、自分を褒めていいことですよ。
  2. 同期の方のように、仕事をできるようになりたいのですか? それとも周囲とうまくコミュニケーションをとるほうがあなたにとっては大切ですか?
  3. 仕事以外で、憂鬱になる原因に心当たりはありますか?

1を選んだ場合の解説

悲観的になっている相手の状況に対して理解を示し、一定のポジティブな評価を与えます。

メンタルトレーニング初期では、相手を正面から否定することは避けましょう。

トレーニングに慣れていないため、拒絶反応を起こされてしまいます。

続いて第4章の現状認識に進み「トレーニーにできること」を書くトレーニングに進みましょう。

2を選んだ場合の解説

自己分析や現状分析ができていないトレーニーもいるため、悩みが複数出てくることもあります。

この場合は、トレーニーがより強くトレーニングを望んでいるところから着手しましょう。

仕事をできるようになりたいのなら、続いて第4章の現状認識で「トレーニーにできること」を書くトレーニングに進みます。そして第5章の嫉妬とのつきあい方のトレーニングを続けましょう。

周囲とうまくコミュニケーションを取りたいのなら、第2章のメンタルブロックの解除法に取り組んでもらいます。

コミュニケーションをとれない自分を打破してもらうのです。

その後第6章のメンタルトレーニング実践編①他者とのコミュニケーションに順に取り組んでもらいましょう。

3を選んだ場合の解説

メンタルトレーニングを始めて間もない場合、トレーニーが腹の内をすべて話してくれるとは限りません。

仕事が理由、というものの実は仕事に行きたくない原因が仕事そのものではなかった、ということもあるのです。

この質問をするケースは、トレーニーがパソコンやスマートフォンの画面越しでも目を合わせないようにしていた時です。

人は嘘をつくとき相手の目をまともに見られず、そらすことがあります。

もしトレーニーが目を伏せたりそらしたりしながら答えていたら、口から出た言葉は真実とは限らない可能性が高いことを頭に入れ、複数の方向性からトレーニングの選択肢を検討しましょう。

実践シミュレーション 3-2

Tr:Aさんはコミュニケーションがうまくいっていないために、仕事がうまくいかず、家族との関係もギクシャクしている、と考えているわけですね。

Ne:今自分で話してみて、そうかもしれないと思いました。

Aさんの現状を分析してみると、いくつかトレーニングが必要なことがわかりました。

  • 先輩や上司と何をどのように話せばいいのかわからない。質問をすると「話を聞いていなかった」と思われそうで聞けない。
  • 同期はどんどんわからないことを質問できているし、先輩も快く答えている。
  • 自分が質問しようとしたとき、先輩に不快な表情をされた。
  • 家族とはこれまであまり話をしてこなかったため、今さら悩みを聞いてほしいとは言えない。

これらの情報の中で、初回面接は終わりを迎えようとしています。どのような対応を取りますか?

  1. 新入社員の仕事のひとつは質問することだから「話を聞いていなかった」と思われることはないため、どんどん質問するように促す。質問の前にわからないこと、わかることを書き出し、質問をまとめるためのノートを用意するようアドバイスする。
  2. 他者と自分を比較しすぎているために、行動できなくなっている。まずは他者と自分が異なる存在であり、スキルや知識に差があって当たり前と理解してもらうトレーニングを次回以降、行う。
  3. 家族との再構築も必要不可欠ではあるが、喫緊は職場の人とのコミュニケーションであるため、先輩よりハードルが低いとおもわれる同期とコミュニケーションをとることをスモールゴールに設定し、嫉妬とのつきあい方および自己概念の歪曲を認識してもらうトレーニングを次回以降、行う。

1を選んだ場合の解説

メンタルトレーニング初期には、現状認識をしてもらうことが必要です。

「わかること」と「わからないこと」を書き出すことで、自分の現状を理解する一助となります。

質問をまとめるノートはトレーニングの備忘録にもなるため、ぜひ用意してもらいましょう。

2を選んだ場合の解説

他者を意識するあまり、身動きが取れなくなっている状態であるため、第2章の自他境界を知るから着手します。

自分のときの先輩の対応については、先輩の感情と自分の感情を切り離すことが必要です。

「同期のように快く質問に答えてもらいたい」

と期待しないトレーニングを行います。

トレーニーに余裕があるなら、期待しないトレーニングと並行して選択肢Aを進めても問題ありません。

3を選んだ場合の解説

トレーニーが先輩とのコミュニケーションに高いハードルを感じているようなら、先に同期との円滑なコミュニケーションを目指すことを提案します。

なぜなら低い目標のほうがモチベーションが保てるためです。

第5章の他人と区別するための「自分を知る」行動ポイントを順を追って進めていきましょう。

まずはモチベーションの在り処を認識してもらい、欲求を素直に受け止めるトレーニングが必要です。

実践シミュレーションまとめ

本講座では会話調でさまざまな受け答えをシミュレーションしました。

実際ここで扱ったのはごくわずかのケースで、同じような事例でもトレーニーの話し方や態度によって着手するべきトレーニングは異なります。

想像力を働かせていろいろな受け答えをイメージすることが、効率的なメンタルトレーニングには不可欠です。

教師と生徒という立場であっても、相手が本当に求めているメンタルトレーニングを予測して提供していくのは非常に重要なステップです。

相手の状況はさまざまであるため、第1章から順に取り組む必要はないのです。

トレーニーの伴走者として、最後までサポートしてあげましょう。