第4章:基礎トレーニングとしてのメンタルトレーニング法

現状認識

「今の自分に何ができるか」をすぐに答えられる人は、メンタルトレーニングの基礎ができているといえます。

客観的に自分の知識やスキルを「棚卸し」して並べ、できることとできないことを分けて捉えられているからです。

社会人として、あるいは学生として、ひとりの人間として「何ができるか」を考えましょう。

今の自分にできること」を紙に書いて再認識することが、次のメンタルトレーニングのテーマです。

知識やスキルを「棚卸し」することが何の役に立つのか、というと「できること」を知ることで、今いる環境における「できないこと」を浮き彫りにすることに役立ちます。

「できないこと」を克服することが、棚卸しの目的ではありません。「できること」を誰かに説明できる状態にすることが、棚卸しの目的です。

「できること」はあなたの名刺となります。名刺を手に入れたら「できること」を活かす方法、つまり「できること」で誰かの力になれることを探しましょう。

オールマイティな「何もかもできる人」を目指す必要はありません。

あなたが「今できること」の中でも特に「苦もなくできること」に絞って、そのスキルや知識を伸ばしていけば、オンリーワンの貴重な人材として多くの人の役に立つことができます。

「できないこと」を探し始めると、メンタルは少なくないダメージを受けてしまいます。「できること」を探す過程は、自己肯定感を高める作業、メンタルトレーニングにおけるストレッチでもあります。

「できないこと」は「できること」を再認識したあと、いずれ浮き彫りになります。自分で自分のメンタルにダメージを与える作業をする必要はありません。

頼るスキル

「できること」でスキルや経験を積む一方で、浮き彫りになった「できないこと」をできる人も探しましょう。

「できないこと」を克服する作業も一見、素晴らしい作業であり経験かもしれません。しかし世の中にはあなたが「できないこと」を苦もなくいとも簡単にできる人が存在します。

「できないこと」で誰かと競う必要はないのです。「できないこと」は、できる誰かに任せてしまいましょう。

「できないこと」を誰かに任せるには、自分にできないことがあることを認め「できないことをできる人」を探し、頭を下げて頼む作業をする必要があります。

この「できないを認める」「できる人を探す」「頼む」作業のうち、「頼む(人を頼る)」ことが次のメンタルトレーニングです。

「頼む(人を頼る)」ことにトレーニングが必要なのか、と訝しむ人もいるでしょう。

頼む(頼る)にはまず、頼みたい相手の状況を的確に判断することが求められます。

  • 「(相手は)心身ともに余裕があるか」
  • 「日頃から頼まれごとを快く引き受けているか」
  • 「どのような人がどのような内容の頼みごとをしているか」

といった、自分ではコントロールできない「相手の情報」を手に入れなければいけません。

頼りたい相手の情報を手に入れたうえで、

何を、いつまでに、どのような状態にしてほしいか

を相手にわかりやすく伝えることが「頼む(人を頼る)」作業です。

メンタルに割と負担がかかる作業、といえます。

もし「頼む(人を頼る)」作業を簡単だと感じられる人がいたら、その人はある程度のメンタルトレーニングができているととらえていいでしょう。

「頼む(人を頼る)」作業は、自分のコントロールを手放す作業でもあります。

一度自分が引き受けたことを「できない、自分では力不足だ」と認めることだからです。

「頼む(人を頼る)」作業は、さまざまな方面からメンタルに負荷がかかりやすいからこそ、メンタルトレーニングが必要だ、といえるのです。

他者を尊重する言葉遣い

普段あまり意識することはないかもしれませんが、一度口から出た言葉は二度と取り消すことができません。

インターネットにアップしたデータが「デジタルタトゥー」となり、完全に削除できないことと似ています。

特にネガティブな言葉ほど誰かの頭の中に残ってしまうものです。

だからこそ普段から言葉遣いに気をつける必要があります。

では、具体的にはどのような言葉遣いをすればいいのか。

それは「他者を尊重すること」です。

ここまで勉強したことのうち、生かされるのは第3章の「何事にも感謝し誠実に行動する」です。

「何事にも感謝し誠実に行動する」は自分目線で誠実な行動をすることでしたが、それを他者目線にまでアップさせましょう。

相手に敬意を払い、敬意が伝わる言葉遣いをするのです。

まずは他人へのネガティブな感情を、口に出すことを止めるところから始めます。

悪口や陰口を誰に聞かれなくても「言わない」選択をすることで、他者を尊重する考え方の基礎が定着するからです。

他者の言動はコントロールできませんし、他者と自分の考え方が違うのは当たり前だ、と第2章の「自他の境界線を知る」ですでに学びました。

他者の言動も機嫌も、あなたがコントロールできるものではありません。

理不尽な対応をされたとき、怒りの感情に任せて陰口を言うのではなく

「あ、ちょっと今この人機嫌が悪いんだ」

と、心理的・物理的に距離をとるのです。

他者のストレスは他者が責任をもって解消すべきことで、あなたが引き受ける必要はありません。

他者へのネガティブな感情を口に出さないトレーニングができるようになったら、次は「相手に負担をかけない言葉」を話すトレーニングをします。

具体的なイメージは「交渉事でYESと言いやすい会話」です。

  • 「忙しいところ申し訳ないけれど、時間があるときに私の話も聞いてもらえますか?」
  • 「どうしてもあなたにお願いしたいことがあって。いつ(どんな状況)なら引き受けてもらえますか?」
  • 「いつもありがとうございます。頼りにしています」

他者を尊重した言葉遣いを身につけることができたら、おのずと腰は低く、常に謙虚な姿勢でいられるでしょう。

他者を尊重し、常に謙虚な人に積極的に攻撃をしようとする人は少ないものです。他者を尊重する言動を続けることは、自分を守る鎧にもなるのです。

時間を守る

他者を尊重するとともに、他者からの攻撃を避ける言動のひとつが「約束を守ること」です。

なかでも学生であろうと社会人であろうと、守るべきことは「約束の時間を守ること」といえます。

これもまた「そんな簡単なこと」と感じる人もいるでしょう。

しかし時間を守ることができない人が一定数いることも、事実なのです。そして時間を守らない人は、その他の約束事やルールも、わりと簡単に破ることがあります。

特に仕事をするうえで、時間を守ることは「自分の信用を守る」ことにつながります。

なぜなら約束の時間を守ることは「相手の時間を無駄にしない」ことでもあるからです。

時間は有限です。

そして時間の価値は、人それぞれ異なります。

1分1秒を惜しんで仕事に邁進する人もいれば、人生の時間を無為に過ごす人もいます。

自分にとっては価値のないたった5分の遅刻が、相手にとっては死活問題につながることもあり得るのです。

第3章の「何事にも感謝し誠実に行動する」で学んだ、誰も見ていなくても赤信号では止まる誠実さをここでは他者に向けましょう。

他者の時間を無為に奪ってよい権利など、誰にもないのですから。

約束の時間は守り、遅れそうなら必ず事前に連絡しましょう。

これを守るだけで、あなたは自分のメンタルとともに、他者の時間の価値を守ったことになるのです。

行動主義を貫く

行動主義とは、恒常性によって「現状維持しよう」とするメンタルを、いったんスルーして自分の行動を変え、自らの心身を改善しようとする考え方です。

ここでは他者ではなく、自分にフォーカスしましょう。メンタルトレーニングでは、常に自分と向き合うことが求められます。

「できない」自分に悩んだり落ち込んだり、時には誰かのせいにしたくなることもあるでしょう。

頭で考えているだけの時間は「止まっている」時間です。

人生の時計を止めることができない以上、自分の意思で「止まる」ことを選ぶとそれはすなわち「後退」を意味します。

人生を豊かにしながら生き抜くためには、常に成長し続けなければいけません。

これが行動主義の考え方のひとつです。

現在の状況は、本来の性格・性質によるものではなく、あくまでも後天的な影響であると考える行動主義においては、個人の性格や目指すべき理想の状況は明確ではありません。

それは一人ひとりの性格や理想が異なるからです。

ひとつの「正解」がないため、自分で「なりたい自分」の理想を描き、近づく努力する必要があります。

どうしてもネガティブな感情から抜け出せないときは、自分の周囲にいる「生き生きしている人」を観察することから始めましょう。

じろじろ見ろ、と言っているのではありません。

「生き生きしている人」の行動から、自分が一歩踏み出すためのヒントを探すのです。

可能なら「生き生きしている人」と、積極的にコミュニケーションをとることをおすすめします。

ポジティブな刺激を受けると、自分の中にあったネガティブなエネルギーを昇華できるのです。

人生を有意義に過ごそうとすると、短いものです。

ネガティブなエネルギーに支配されている、メンタルに負荷をかけているだけの時間はできるだけ短いほうがいい、といえます。

悩んだり落ち込んだり、自分を信じられなくなったりしたときこそ立ち止まらず、ポジティブな刺激を探して動き回らなくてはいけないのです。

確認問題

では、第4章で学んだことを確認してみましょう。